森の入り口

本を読んだり映画を観たり音楽を聴いてどうにか人のかたちを保っています

30-DAYFilmChallengeを1日でやってみた

最近Twitterでよく見かける#30DayFilmChallengeを無性にやりたくなったので、クラシック版を20日目辺りで挫折した反省を踏まえて一気にやりました。

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DAY1- the first film you remember watching

千と千尋の神隠し』(2001)

当時あの映画を劇場で見た子供の御多分に洩れず、千尋の両親が豚になったシーンはその後何年も私のトラウマでした。

 

DAY2- a film you like that starts with the first letter of your name

『Midnight in Paris』(2011)

大好きな映画。特に作品そのままにハードボイルド節を炸裂するヘミングウェイが大好きであの場面を何度も見てしまう。過去への憧れに対する決着のつけ方も好き。

 

DAY3- a film that has more than five words

『Once Upon a Time in Hollywood』(2019)

長いからいつも「ワンハリ」って言っちゃうしちゃんとタイトル全部言おうとすると必ず噛む。

 

DAY4- a film with a number in the title

『Three Billboards Outside Ebbing, Missouri』(2017)

オスカー獲ったときのフランシス・マクドーマンドのスピーチは何回見ても心震えて涙がこぼれる。


Frances McDormand wins Best Actress

 

DAY5- a film where a character has a job you want

亀は意外と速く泳ぐ』(2005)

人畜無害な顔して謎スパイ組織に入りたい。のだめイメージに染まる前の上野樹里が見られます。

 

DAY6- your favourite animated film

ノートルダムの鐘』(1996)

まだ幼く記憶にも残っていないころに家でずっとビデオで流れていたみたいで、大人になって再び観たときにはどの曲にも細部のあらゆる装飾にも既視感があって驚いた。原版も好きだけど、吹替の石丸幹二はじめとする劇団四季のキャストの歌が大好きなので敢えて日本語のタイトルで。

 

DAY7- a film that you will never get tired of

ラヂオの時間』(1997)

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何度も見すぎて台詞もオチもみんな分かり切ってるのに見るたびに涙が出るほど笑ってしまう。一日ずっと見ていても飽きない映画。

 

DAY8- a film where you liked the soundtrack more

『La La Land』(2016)

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一時期やる気を奮い立たせるために"Another Day of Sun"をよく聴いてたなぁ。

 

DAY9- a film you hate that everyone else liked

『The Greatest Showman』(2017)

パフォーマンスを楽しんでおいてなんだという感じだけど、いくらヒュー・ジャックマンが大好きでも展開がいただけないので…

 

DAY10- your favourite superhero film

『Baahubali 2: The Conclusion』(2017)

父バーフバリで。映画館で観たとき隣に座っていた女性が民衆がバーフバリを称えるシーンで一緒に拳を突き上げていたのが忘れられない。

 

DAY11- a film you like from your least favourite genre

『Fight Club』(1999)

スリラー系普段見ないけどファイトクラブは何度でも見たくなる。この映画のヘレナ・ボナムカーターも好きすぎる。

 

DAY12- a film that you hate from your favourite genre

『Yesterday』(2019)

この手の映画は好きなはずと思って見に行ったけど、肝心の主人公がどうも気に入らないのもあって殆ど入り込めなかった。エド・シーランのiPhoneの着信音が"Shape of You"になってる演出は良かった。

 

DAY13- a film that put you in deep thoughts

『Manchester by the Sea』(2016)

抗いようのない傷を抱えても尚、人は立ち直り前に進まなくてはならないのか。最後に主人公リー(ケイシー・アフレック)が導き出した答えは一つの道標になった。


Adagio Per Archi E Organo in Sol Minore - The London Philharmonic Orchestra ᴴᴰ

 

DAY14- a film that gave you depression

寝ても覚めても』(2018)

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観終わってから一ヶ月ぐらい「朝子…朝子…おまえ……」と引きずった。

 

DAY15- a film that makes you feel happy

『Good Will Hunting』(1997)

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『Sing Street』(2016)

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この世界にこの二つの作品があること自体が幸せ。

 

DAY16- a film that is personal to you

『Tous les matins du monde』(1991)

サント・コロンブが到達し、マラン・マレもまた師によって導かれた境地に、恐らく一度だけ辿り着いたことがある。

hskl527.hateblo.jp

 

 DAY17- favourite film sequel

Harry Potter and the Prisoner of Azkaban』(2004)

リーマスシリウスの再会に胸が熱くなる。タイムターナーを使った時間巻き戻しの場面は何度見てもよくできてるなぁと思う。今知ったけど監督はアルフォンソ・キュアロンだったのか!

 

DAY18- a film that stars your favourite actor/actress

『A Single Man』(2009)

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『Disobedience』(2017)

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コリン・ファースレイチェル・マクアダムスがとても好きです。

 

DAY19- a film made by your favourite director

『The Legend of 1900』(1998)

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ジュゼッペ・トルナトーレの描くノスタルジーにずっと魅せられている。

 

DAY20- a film that changed your life

『Das Leben der Anderen』(2006)

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この映画を観た日のことは一生忘れない。

 

DAY21- a film that you dozed off in

『Mary Queen of Scots』(2018)

正月にワイン飲みながら見てたせいかもしれないけどやけに眠かった。しかしシアーシャ・ローナン:メアリ・スチュアートマーゴット・ロビー:エリザベス女王という配役がドンピシャの采配だった。 

 

DAY22- a film that made you angry

ちはやふる -結び-』(2018)

原作で大好きな2年生コンビが映画の構成上仕方がないとはいえ1年の田丸と合体した性格にされてとんでもない人格にされていたことに静かな憤りをおぼえた。

 

DAY23- a film made by director that is dead

O Estranho Caso de Angélica』(2010)

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オリヴェイラ監督はこの作品しか見たことがないのですが、息の詰まるほどの静寂、神秘に包まれた死後の描写が美しかった。

 

DAY24- a film you wish you saw in theatres

『Nuovo Cinema Paradiso』(1988)

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この映画と映画館で出会いたかったなと思うばかり。

 

hskl527.hateblo.jp

 

DAY25- a film you like that is not set in the current era

『Amadeus』(1984)

ラストシーンのサリエリの台詞が好きで好きでたまらないのです。

 

DAY26- a film you like that is adapted from somewhere

容疑者Xの献身』(2008)

原作もガリレオシリーズの中で一番好きなんだけど、映画は別格。

 

DAY27- a film that is visually striking to you

『The Shape of Water』(2017)

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永遠に眺めていられる吸い込まれそうな青の色彩の虜になった。

 

DAY28- a film that made you feel uncomfortable

『僕の初恋をキミに捧ぐ』(2009)

中学の時にグループで観に行ったら自分以外みんな泣いていて、なんとなく気まずかった思い出。あの長い原作をよくこの尺に入れたなと感心した。

 

DAY29- a film that makes you want to fall in love

『Before Sunrise』(1995)

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ジェシーセリーヌのような関係を誰かと築けたらなぁと夢を見る日々です。

 

『Carol』(2015)

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うう……

 

DAY30- a film with your favourite ending

『Dead Poets Society』(1989)

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"O Captain! My Captain!"

これ以上はもう何も言うまい。

 

 

配信などでせっせと観てはいるものの、映画館への思慕が募るばかり。それでもこうして好きな映画に想いを馳せる時間は幸せでした。

 

福永への凄まじいリスペクト 大林宣彦『廃市』(1983)

大林宣彦の映画『廃市』を観た。

ずっと、かれこれ5年近く見よう見ようと思っていたのだ。それを理由をつけては後に回しているうちに時間が経っていた。大林宣彦が如何に福永武彦を愛しているのか、氏の『草の花』への想いを伝え聞いただけでもよく分かってしまい、そんな人が撮った福永の世界はどんなものなんだろうと恐れおののいてしまったのだ。

見苦しい言い訳はやめにしよう。

 

火事で焼けた町のニュースを聞き、男は自分が10年前に一夏を過ごしたその町のことを思い出す。卒業論文執筆のためにある地方の町にやってきた江口(山下規介)は、快活で芯の通ったような下宿先の娘、安子(小林聡美)と親しくなる。掘割がめぐらされ、水に囲まれた町を好ましく思う江口に対して安子は「こんな死んだ町、大嫌い」と険しい表情を見せる。安子には姉夫婦がいると聞くが、彼らは姿を見せない。町で過ごした最初の晩に水音に紛れて耳にした女性の泣く声を、江口は安子の姉の郁代(根岸季衣)だと考え、美人と評判の郁代に一目会いたいと思う。

江口はある日郁代の夫、直之(峰岸徹)と会い、彼ら夫婦が別居していることを知る。快活でありながらどこか暗い影を宿す直之は、いずれこの町は廃市になるし、今でももう死んでいるのだ、と安子と同じようなことを口にする。傍にはどこか幸の薄そうな美しい女性、秀(入江若葉)がついており、直之と暮らしているという。一方、強引に安子の後を追った江口は寺で暮らす郁代に出会う。この夫婦は互いを愛していると言いながら、他方は相手の想いを信じられず、もう一方はそれに反論する気力を持てないのであった。

滅びゆく町にあって未来を持てず、愛する女とも向き合えずに刹那的に今を楽しむ直之と、彼のために身を引く郁代、そしてそんな二人の板挟みになる安子の不安定で脆い関係は、悲劇的な結末を迎えることになる。

 

 

かつて『廃市』を読んだ時、ワンルームの静かな部屋だったのにも関わらず水音が聞こえたような気がした。あのときたしかに胸に浮かんだ風景が、音が、目の前に現れた。気怠い夏の昼下がりが永遠に続くような頽廃と美、狂気の同居する『廃市』の世界そのものだった。語り手と一部のキャラクターに名前が付けられている以外は、殆ど脚色のない福永の描いた話そのままの映画だった。映像となったことで、掘割に囲まれたあの町の閉ざされた感覚はさらに浮き彫りになり、安子や直之の語る「死んでいるような町」の顔を覗かせる。

 

観ていると、大林宣彦が些細な脚色や小道具に潜ませたに違いない、福永武彦へのラブレターとも思える敬意を感じられた。それについて書いておこうと思う。

 

ショパン

柳川に到着した明くる日、江口が息抜きに散歩しようと外に出たところで習い事帰りの安子に遭遇する場面だ。彼女はピアノを習っていて、楽譜を抱えているが、小説ではそんな設定はされていない。安子がここで抱えていたのはショパンの楽譜だった。

福永武彦ショパンといえば、『草の花』が真っ先に浮かぶ。この作品においてショパンのピアノ協奏曲第1番は主人公とヒロインを結ぶ重要なピースになっているし、物語の最後までショパンは纏わりつく。

そして、『草の花』と大林宣彦は切っても切れない関係にある。何しろ小説家を目指していた時分に「まるで自分が書いた小説じゃないか」と衝撃を受け、丸々暗記するほど読み込んだ小説であるのだ。ここでわざわざ安子にショパンを持たせたのは、生涯の書となった『草の花』へのオマージュではないだろうか。

 

○心の中を流れる河

(中略)…町はもうすでに遠く、列車は晩夏の原野を喘ぎながら走っていくばかりだった。そしてその時、僕は町が崩れ、取り返しのつかない時間が過ぎていく音を心の中を流れる河のように聞いていたのだった。

上に引用したのは映画の最後に流れるモノローグである。一夏の淡い思い出は悲劇的な結末に終わる。全てが終わり、安子と三郎に見送られて列車に乗った江口は、遠ざかるホームを眺める。このモノローグは概ね小説の最後と同じだが、一部に特徴的な箇所がある。それがこの"心の中を流れる河のように"だ。何が、と言われればこれはもう直感でしかないのだけど、福永武彦が1956年に発表した中編に『心の中を流れる河』という作品がある(これは全集第4巻に収められている)。寂代という北海道の架空の土地を舞台に、戦時中に憲兵の圧力に屈して教会を閉じてしまった過去の自分をペトロになぞらえて悔やむ牧師と、夫と別れようと姉夫婦の元に身を寄せる義理の妹を通して信仰と欺瞞を描いている。

「わたしはこうして河の音を聞いているのよ。」

「河の音?」

「そうよ、河の音よ、」と梢が言った。

「でもひょっとしたら、わたしの心の中を流れている河の音かもしれないけど。」

(『心の中を流れる河』/福永武彦)

この作品で、寂代は娯楽もなく進歩を望まぬ医者や薬屋、問屋などの名士たちが住民を思うままに転がす停滞した町として描かれている。それはまるで『廃市』の町を見ているかのようだ。

今や町は殆ど消えかけ、安子もろとも幻となる。その決定的な場面において"心の中を流れる河"という言葉が使われていることに、想いを馳せてしまうのである。

 

○おまけ1:三郎!!!!

尾美としのりがいい味を出していた。小説では名前すらなかった下男改め三郎役として安子のお世話などをしていたのだけど、もう彼が映るたびにその目線、視線は意味ありげでつい引き込まれてしまった。この町に呑気に夢を抱く江口、安子の声にならない叫びを傍らでただ受け止め続けた彼が唯一爆発するのはラストだ。走り去る列車を追いかけて、江口にぶつけるのだ。

「この町では、みんなが思うとる人に、ちっとも気付いてもらえんとですよ!」

いやー参りました。

 

おまけ2:ヒロイン

安子役の小林聡美はもう愛嬌と仄暗さが絶妙なバランスで表裏になっていてやられましたね。三谷幸喜と並んで腕を組み合ったイメージが一掃されてしまった。

大林宣彦が語る福永作品のヒロイン像があまりに腑に落ちたので引用。

「福永さんの小説の主人公というのは草の花でも廃市でも、原作をちゃんと読めば、まず、ちっとも美人じゃなくて、やたら明るくてゲラゲラ笑うという少女なんですよね。で一方で、ギリシャ神話から抜け出たような美の化身、崇拝すべき相手が必ずいる。崇拝すべき、犯してはいけない神秘な美の世界と、非常に心休まる日常的な平安の中にあるものとの対比、それが福永文学の基本的な構造でしょ。」*1

 

○おまけ3:方言

小説では標準語で話す彼らだが(そもそも舞台が柳川とも断定していないのだから)、映画では柳川弁を操る。それについて大林宣彦は「文学の想像力の世界を、俳優という生身の肉体がやるんであれば、そのダイアローグもいっそ生身の肉体の生理を持ってきた方がいい」*2と語っている。福永文学に登場する抒情的で甘やかな人間たちの内部に巣食うプライドやエゴイズムの複雑な交錯を映像で表現するためにはそのどちらかを強調するだけではうまくいかない、と判断したからのようだ。

 

 

思い出が遠ざかり、全てが無になって初めて失われた時間への思慕が募る。安子への想いに気づいた江口と同じように、観終わって何日も経った今でも私はあの死にかけの町を思い出すと胸が締め付けられる気がしてならない。

夜を駆ける

5月に入って日中は日差しも強くて暖かくなり風は涼しくて気持ちが良いし、そろそろスピッツがちょうど良い季節だな、と思った。まあスピッツは年がら年中聴いているのだけど、旬の時期に聴くのは身体全体を使って曲を受容しているようで心地良いものがある。

昨日、スピッツを聴きたいなと思っていたら頭の中である楽曲の一節が繰り返し流れ始めた。しかし何という曲だったのかタイトルが一向に思い出せない。ただ、"笑ったり 泣いたり…"という歌詞だけは認識できたので、恥を忍んで検索したら一瞬で見つかった。本当は自分で思い出したかったのだ。曲が分かったらすっきりして、その日はずっとこの曲ばかり聴いていた。

笑ったり 泣いたり
あたり前の生活を
二人で過ごせば
羽も生える 最高だね!

夢追い虫/スピッツ

スピッツを聴いていたら、中学生の頃にKREVA草野マサムネがコラボした"くればいいのに"のCDを貸してくれたのをきっかけに仲良くなった先輩のことが思い出された。同じ部活の同性の先輩で、ある秋の土曜に突然メールが来て、やり取りをするようになった。何かのきっかけで互いにスピッツが好きだと分かって、その曲のCDを貸してくれた。それから次の年の春ぐらいまで、恐らく一番近しい間柄の人だった。ある時期においては、お互いの心が重なり合うかのように親しかったのだ。私が初めてスタバの抹茶クリームフラペチーノを飲んだのはその先輩と一緒に遊びに行った時だし、2人でカラオケに行った日のことはその後何年も大事に抱え込んだ思い出だった。普段は中学と高校で校舎が違うから、移動教室の隙間に姿を遠くから見かけると胸が焦がれそうだったし挨拶できると天に昇りたい気持ちになった。そんな10年以上前のことを強く思い出してしまい、久しぶりに先輩の顔を思い浮かべた。

そういうわけで、昨夜は久しぶりに夢にその先輩が出てきたから驚いた。何しろ今までなかなか見たい夢を見ることって出来なかったから。

多分この数日白泉社のアプリのマンガparkで無料公開されていた由貴香織里の『天使禁猟区』を読んだのも影響している。ちょうど同じ時期に私がはまっていた漫画だったから、当時の気持ちに近づいたのかもしれない。あらゆる厨二が考えつくモティーフの全てが詰まった恐ろしい漫画で、あまりに壮大な世界観はいまだに全貌を理解し切れていない気がする。これは3日で慌てて読む漫画ではないな。

 

似てない僕らは

細い糸でつながっている

よくある赤いやつじゃなく

(夜を駆ける/スピッツ)

その後高校を卒業してから、その先輩とは今までに3度会った。定期的に会うのでも連絡を取り合う関係でもないし、進路もまるで違っているのでもしかしたらもう会う機会も訪れないかもしれない。それでも私はスピッツを聴くと否応無しに引き戻される瞬間があるし、恐らくあの閉ざされた数ヶ月間を忘れないから、願わくばこの歌詞のようであってほしいと思ってしまう。

 

ミは味噌煮込みうどんのミ

最近昼食がミネストローネかスガキヤ味噌煮込みうどんを交互に食べるような感じになっている。前者についてはいつか書いたような作り方で相変わらず行き当たりばったりに煮込んで食べている。最近醤油を一滴隠し味にすることを覚えた。コクが増したような気がするものの、そう思いたいだけなのかもしれない。

そういえばどちらも"み"から始まる食べ物だ。

今日は味噌煮込みうどんにした。

(滅多に貼らないAmazonのリンクを貼るなんて名古屋人の鑑ではないだろうか。河村たかしは私を名誉名古屋市民にしてください)

前からスガキヤのこの味噌煮込みうどんが大好きで、どんなに食べても飽きないと思っていたけれど、外食機会も軽い買い物の機会も減った今となってはこれを食べる頻度が劇的に増えてしまい流石に最近はお腹いっぱいだ。倦怠期を脱却するためにチーズを入れるなどの工夫も施したものの逆効果だった。とはいえ味はやはり美味しい。これは元々粉末スープがよくできているのでそのまま沸かしたお湯に麺とスープを混ぜるだけでもそれなりの味噌煮込みうどんにはなるのだけど、いくつか調味料や具材を加えるともう唯一無二の最高の味噌煮込みうどんが出来上がる。お肉は鶏肉がオススメだけど、豚でも良いし何もないなら油揚げだけでも美味しい。最初にお酒とだしの素を適度に入れて、肉も入れる。野菜はネギは必須で、その他ほうれん草/小松菜みたいな葉っぱがあると尚良し。最近は面倒なのでキャベツの葉っぱをちぎっては投げちぎっては投げ入れている。味噌ラーメンに入っているキャベツが甘くて殊の外美味しいように、味噌煮込みうどんにおけるキャベツの役割は素晴らしい。助演で賞をあげたいぐらい。ある程度具に火が通って沸騰したら、麺を投入する。頃合いを見計らってスープの素を入れて、気が向いたら醤油、みりんも少しかける。麺の茹で時間の最後1分あたりで卵を割り入れて形を整えたら、完成だ。

分量は毎回適当なので、一期一会の味噌煮込みうどんが出来上がる。山本屋のように土鍋で食べたいなと思いつつもそこまでの気力はないので普通の鍋で普通に作っている。そういえば昔先輩がドンキで買った土鍋を使って一緒に鍋パしていたら白菜に火が通ったあたりで土鍋が突然割れて大惨事だったな。

スガキヤ味噌煮込みうどんが県外でどの程度流通しているのか分からないけれど、名古屋に来た時には適当なスーパーで買うのがおすすめですね。名古屋にふらっと来られるような日が来ればの話ですが。

 

5月に入って最初の日から既に暑さを感じ始めていて、油断して薄着で寝て風邪をひきかけたり、逆に寝苦しくて何度も目が覚めたりと順応に苦労している。よく寝たなと思って居間に行って時計を見たらまだ4時だったり。暑い季節はあまり得意ではないので憂鬱だ。かといって寒いのが良いわけでもなく、10月から11月あたりの頃が一番好きだ。

 

『草の花』を読み返している。この小説は17歳の私と23歳の私をそれぞれ違うやり方で救ってくれたので、もう信仰の対象のように思える時がある。そして、いつのまにか作中の主人公の歳を超えてしまっていたことに最近気づいて愕然とした。初めて読んだときはまさに汐見と同い年だったのに!今回、巻末に置かれていた遠望を読んでいたら印象に残る言葉があったので引用する。彼のこの哲学は作中に見事に根付いていて、数年前の私はそれに触れることができた。

藤木忍が死んでから十年以上の歳月が過ぎ去っていながら、その死は常に私の負目のようなものになっていた。私は彼について書かなければならない、死者をこの世に引きとめておく唯一の方法は彼を表現し定著しその姿をもう一度甦らせることである。私が作中に書いたように、死者は生者たちの記憶と共になお生きており、生者たちの死と共に決定的な死を死ぬのである。死者について書くことは生者の義務に他ならない。

(『「草の花」遠望』/福永武彦)

コーヒーが冷めてしまってから

コーヒーを2杯飲んだ。カフェイン中毒とは無縁だしどちらかといえば紅茶派なのだけど、母が淹れたコーヒーを父が飲まずに寝てしまい、放っておくと家庭内不和を引き起こしかねないので父の分も飲んでしまった。今日は日中程よく眠かったからさぞかし夜は寝られるだろうと思っていたのに。

家族が顔を合わせる機会が増えて、対照的にそれぞれガス抜きの時間が目に見えて減ったからか、コミュニケーション不全の頻度が増えてしまったように思える。出口も見えないし、不安は募るばかりだ。最近はオープンしている飲食店や外出した人間を糾弾するだけでなく、直接制裁を下すような事案も起きているようで、昔授業で聞いた五人組や隣組制度ってこんな感じだったのだろうか。グレン・グールドと生年月日が完全に一致している祖母がお友達との電話で「戦時中に似た緊迫感だけど、あの頃と違って食べ物には困らないし夜中警報に怯えて寝られないということもないから、今の方がいいわね」と話していて、感服した。とはいえこのまま物流が止まるといつか食糧危機になるのかな、という不安は拭えない。

 

そんな気持ちを無意識に反映してか、『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』を観た。気にはなっていたのだ。挙国一致内閣やチェンバレンについてだいぶ忘れていたので、何度も観ている『英国王のスピーチ』の知識で補完した。てっきり第二次世界大戦の終わり頃の話だと思っていたら、その前段階のチャーチルが如何にして対独体制を築いたかという内容だった。次々に欧州各国を制圧するドイツ軍に恐れをなして和平交渉を進めようとするハリファックス伯(この人は初めて知った)やチェンバレンにどうやって対抗するかという政治劇のような趣だ。とにかく大英帝国ナチスと徹底抗戦し、敗れなかったのだという愛国心溢れる賛歌にも感じられた。どう見てもチャーチルゲイリー・オールドマンの厚みでどんどん押された。秘書への態度の変遷でチャーチル自身の心境の変化やら人間味が出ていたあたり面白かった。この秘書の人よく見る顔だなぁと思ったら案の定リリー・ジェームズだった。去年『ガーンジー島の読書会の秘密』と『イェスタデイ』を立て続けに見たのに彼女に気づかなかったという大ポカをしでかしたので、今回こそは…。ダンケルクが結構話の核心にあったので、そのうち『ダンケルク』も観るかぁという気になった。あと昔買ってどこかにやってしまったチャーチル回想録も読みたくなった…何処に……。

 

昨夜から不安が増幅して困り果てたので、ロビン・ウィリアムズの柔和な表情を求めて『レナードの朝』も観た。最後の30分ぐらい涙が溢れ続けていた。ロバート・デニーロのもう凄まじいとしか言えない演技に片時も気を緩められなかった。終盤のダンスシーンの静寂に胸が詰まってしまった。人間ドラマとして非常に上質であったと同時に、この話で描かれている人間の尊厳に関わる倫理的な問題は宿題のように重くのしかかった。

そして、ロビン・ウィリアムズがずっと大好きです。

O Captain!My Captain!

Cinema Paradiso

あれは大学に入学したての頃だったか、必修科目のクラスメイトたちと学内の芝生で涼んでいると、その中の一人が手に持っていたウクレレで「ニューシネマパラダイス」の愛のテーマを奏で始めた。彼は高校卒業後に旅に出たり働いてから大学に入ったので私よりも五つばかり歳が離れていて、クラスの中でもどこか大人びた、周りから無言のうちに頼りにされるような存在の人だった。この映画好きだよ、と声をかけると、「完全版とどちらが好き?」と投げかけられた。

ニューシネマパラダイスはオリジナル版と劇場版があり、日本で公開されたのは後者でこちらがより広く観られている。両親がこの映画を好んでいて、小さい頃からよくモリコーネの音楽が家では流れていた。この、耳に入ってくるだけでまだ幼いながらに遠い昔自分が赤ん坊だった頃を思い出させられるような、どこか懐かしく切ない旋律に私はずっと魅了されていた。音楽だけをずっと知っていたこの映画を初めて観たのは中学生の頃だったろうか。たしか劇場版だったと思う。とにかく耳慣れた美しい音楽とシチリアの風景、エレナとの悲しい別れを経てのあの永久に語られるべきラストシーンで胸を震わせっぱなしだった。公開当時、父はあのキスシーンから涙が止まらなかったらしいし、母はあの日終演して周りを見渡すと、おじさんがみんな泣いていたのよ、と笑いながら思い返していた。

この映画には完全版なるものが存在すると知ったのはそれからしばらくしてからだった。「びっくりするわよ」と母に半ば脅されながら、家にあったDVDを再生した。終盤、エレナにそっくりな少女が現れて、あれよあれよといううちに母となったエレナに再会し、かつての誤解を解く。幻の中で愛し続けていたエレナが目の前に現れたことで、トトは現実に引き戻されてしまった。アルフレードがあの日した行いも、明らかになる。全てがノスタルジーで包み込んでくれたような劇場版と違い、こちらには人生の厳しい残酷さがあるように思えた。

 


「私は劇場版かな。オリジナルの方って長すぎるしちょっと最後は蛇足じゃない?」

ウクレレに目をやりながらそう答えると、彼は一呼吸置いて口を開いた。

「僕もね、前はそう思っていたんだけど、今は完全版かな。人生って綺麗に割り切れるものでもないし、それを描いてるからこそ美しいよ」

ふーん、そういうものなのかなぁ、と私が返してその話は終わった。やっぱり私は夢は夢のままで終わる劇場版の方が好きだな。でも、まだ19歳にもなっていなかった自分には到底想像もつかない世界にこの人は立ち入ったことがあるのだろうか、と思った。

 


この映画をいつか劇場のスクリーンで観たい、とずっと思い続けていたのが漸く叶ったのは去年の夏で、午前10時の映画祭の上映作品に選ばれていたからだった。夏は体調を崩して思うように動けなくて、公開終了まであと二日というところでやっと観に行くことができた。一番近い映画館ではもう終わっていて、港に近い生まれてから一度も行ったことのない遠くの映画館に行くしかなかった。意外にこじんまりとしたスクリーンで、朝一番だからか客席の人もまばらだった。この映画を観るにはうってつけの環境だな、と思いながら席に着いた。勿論この日公開されていたのは劇場版だった。終始、ラストシーンでスクリーンを見つめるトトのような顔をして観ていたような気がする。見終わって、放心状態で帰路についた。せっかく遠方まで来たのだから買い物でも、と思っていたけれど何もする気になれなかった。

 

あの芝生での会話からいつのまにか6年も経っていて、その間に色々なことが起きた。せめてフィクションであってくれたらと思わされるような経験もしたし、未だに自分が何処に立っているのか分からなくなる瞬間がある。かつてのすれ違いや、もうあの頃に戻れないことを認めた上で、この先を歩いていかないといけない。カットされてあの頃の私には届かなかったトトの想いや、あの日彼が言っていたことはこの2,3年で徐々に自分の中で染み渡ってきたような気がする。一度自分が取り込んだものは、その時には気づかなくても長い時間かけて滋養となることがある。そう信じて今日も種を蒔こう。

 

エゴと狂気の二重奏『ファントム・スレッド』感想(ネタバレあり)

ママの思い出が鮮烈に蘇る

夢の中に現れたり香りが漂う

とても強く感じるんだ

我々の近くにいて手を差し伸べている

きっと今夜ドレスを見てくれたと思う

 

最初は怖かった。

なぜこの女はこんな手段を取るのか、ここまでしなければならないほどこの男に尊厳を傷つけられ、憎んでしまったのか。確かに酷い男だった。自分勝手で、少しでも自分の世界が乱されたら癇癪を起こす。でも、そばにいれば間違いなく夢中になってしまう魅力を放ちながらも、彼は初めから危険信号を放っていたではないか。

不快感をもおぼえるような恐怖心は、自分すら忘れかけていた私のある記憶を呼び起こさせた。違う、私は彼女があの時感じた歓びを確かに知っている。

 

ファントム・スレッド』は、ラブロマンスなんて言葉では到底言い尽くせない、狂気と欲望とエゴイズムにまみれた話だった。世界の違う二人が邂逅し、己の中に招き入れ、今まで築き上げてきた世界は完膚無きまでに破壊された。全く毛色の違う愛情がせめぎ合い、混ざることなく他方を侵食し合う。それでも、互いが互いを求め合う理想の形にたどり着いたこの話は、やはりロマンスだと言わざるを得ないのかもしれない。

 

レイノルズは、ロンドンで王族や上流階級の貴婦人御用達のオートクチュールの仕立て屋を営んでいる。恐らく50代ぐらいにもかかわらず、彼の美貌は衰えず、すらりとした身のこなしに洗練された言葉遣い、そして何よりどんな女性も憧れる美しいドレスを生み出す才能に溢れている。

彼の一日は髭を剃り、髪を整え、鼻毛を抜き、靴を丹念に磨く、一連の流れるような工程から始まる。彼は常に自らの定める美学と秩序に従って生きている。燻った香りの強烈な紅茶ラプサンを好み、南部鉄器の急須でお茶を淹れる。そこには完璧な美と静寂があり、他者の介在は許されない。優雅な音楽と共に始まった彼の朝は、レイノルズの気を引こうとしきりに話しかける恋人によって中断される。彼は途端に不機嫌になり、恋人には目もくれない。同居している彼の姉シリルは、この二人がもう潮時であることを悟る。

 

姉の勧めで海辺の別荘へ息抜きに向かったレイノルズは、ウェイトレスにしては落ち着かない所作のアルマを見初める。舐めるように見つめるとはこのことを言うのかと思うぐらい、彼の瞳はアルマを捉えて離さない。スマートに彼女を夕食に誘い、ディナーの席でも相変わらずうっとりとした眼差しで穴のあくほどアルマを見つめる。レイノルズはアルマに彼女は母親に似ているのか尋ね、自分の母の話をする。彼は亡き母の記憶に取り憑かれており、その夢には母親が度々現れる。

「僕の母は芯地の中にいる」

「どういうこと?」

上着の芯には何でも縫い込める。

(中略)…胸の部分に母の髪の毛が、いつもそばにいるために。素晴らしい女性で、仕事を教えてくれた。だから離れないようにしている」

自分からデートに誘い、口説くのかと思いきやひたすら母親の話をし続ける男性は、かなり怪しく歪だ。しかし、それほど彼の母親はレイノルズの人生に大きな影響を、影をもたらした。レイノルズが初めて作ったドレスは母親の再婚のためのウェディングドレスだった。彼の別荘に飾られている写真の中の母親は恐らくそのドレスを着ている。母に捧げるために始めたドレス作りはいつしか彼の天職になっていた。

 

別荘にアルマを招くと、レイノルズは目を輝かせて彼女のためにドレスを仕立て始める。病的なまでに結びつける母親の話から、彼がアルマに母の面影を見出していることが窺われる。レイノルズがアルマのために色を合わせ、採寸をするシーンは実に官能的だ。別荘に到着してその現場を目にしたシリルは一瞬で状況を把握し、レイノルズの指示で採寸結果を淡々と記録する。

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「胸がない」

表情を変えることなく口にするレイノルズにアルマは眉をひそめる。

「知ってるわ」

「いや完璧だよ」

気を悪くする彼女に、シリルも丸いお腹は彼にとって理想の体型だと畳み掛ける。

彼らの振る舞いはまるでアルマが心を持たないマネキンのようだった。レイノルズの創作意欲を爆発させるために存在する美しきミューズ。

 

私は自分が好きじゃなかった。

なぜなら肩幅は広すぎるし、首は鳥みたいに細い。それに胸がない。腰まわりは必要以上に大きく、たくましすぎる腕。

彼の仕事に私は"完璧"だった。

自分が正しく思えた。彼の服を着る女性はみんなそう感じるのかも。

この映画の語り手はあくまでアルマだ。彼女が暖炉の前で静かに誰かに語り続ける。アルマはウッドコック邸で部屋を与えられて暮らすことになる。田舎のしがないウェイトレスだった彼女は一夜にしてロンドンの名士に引き取られ、美しいドレスを着る毎日を送ることになる。まるで『マイ・フェア・レディ』だ。まあ全然そんなことはないのだけど。彼は、それまで自分に自信が持てずひっそりと暮らしていた女の元に突然現れ、彼女が世界で一番美しい女であるかのように見つめる。きっとレイノルズは彼女にとっては王子様も同然だった。ブリストル405に颯爽と乗って迎えに来た王子様。(車に全然関心のない私でも、彼の運転するブリストル405のクラシカルでノスタルジーな佇まいには哀愁すら覚えながらも魅了された。)

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初めは彼のミューズ、モデルとして共犯者だったアルマも、いつしか彼と関係を持つようになる。それでも恋人同士の甘い時間は訪れない。結ばれた次の朝でさえレイノルズはいつものように静かな朝食を迎え、あまつさえパンにバターを塗るアルマの音がうるさいと冷たい態度をとる。レイノルズが優しく甘くなるのはほんの数日間、彼が仕事で疲れきって何もできなくなったときだけだった。

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彼はまるで赤ちゃんのよう 甘やかされた赤ん坊

 そういう時の彼はとても優しいの

素直だし

アルマはどうにかレイノルズとより深い結びつきを得ようと画策する。彼ともっと親密になるために、シリルの制止を振り切ってサプライズディナーを企画する。しかし、自分の日常を乱されたレイノルズは烈火のごとく怒り狂い、酷い言い争いになる。

あなたのルールや壁やドア、人々、あなたのお金や服や何もかもがこのゲームよ!

全部ゲーム!

とにかく平穏で静寂を守るためにレイノルズが作り上げてきた城の中で、アルマは悲鳴をあげる。この世界では彼女の意思は尊重されず、彼が振り向いてくれるほんのわずかな時間を待つことしかできない。

ただ自分の邪魔をせずにミューズとして自分の欲望を満たす存在でいてほしいと願うレイノルズと、恋人なのだからより近くで、常に優しく必要とされたいと願うアルマのエゴはぶつかり合う。アルマはアルマでもう限界を超えていて、レイノルズにドレスを依頼した王女に対して自分は彼の恋人だと名乗ったりする。恐らく彼女の階級を考えるとこれはとんでもなく大胆な行動だろう。

 

レイノルズの心を手に入れるためにアルマが選んだのは、彼の紅茶に毒キノコから採取した毒を混ぜることだった。嘔吐し、あっという間に倒れたレイノルズを彼女は甲斐甲斐しく看病する。往診医に「ウッドコック夫人」と呼ばれシリルよりも先に返事をする。シリルの手を借りずレイノルズを自分一人で介抱し続ける。もっとも、シリルはレイノルズが倒れた際に損傷したドレスの修復に追われてそれどころではなかったのだけど。かつてレイノルズの美しいドレスの品位を落とすような振る舞いをした貴婦人に怒りドレスを奪い返すほど、彼の作品に自己を同一化していたアルマはもはやいない。果たして、苦しむレイノルズの視界の隅にはウェディングドレス姿の彼の母親が佇んでいた。弱々しく、母に問いかけるレイノルズ。しかし、アルマが部屋に入ってくると母の影は消えた。優しく微笑みながら自分を看病してくれるアルマを、レイノルズは憑き物が落ちたかのように優しい眼差しで見つめる。この瞬間、彼の中でアルマは母親を凌駕する存在になった。

翌朝、具合の良くなったレイノルズは蕩けるような表情でアルマにプロポーズする。この「死の家」に囚われた呪いを解くために。彼は漸く母の呪縛から解放されたのだ。

 

しかし、活発でレイノルズと遊びに出かけたり楽しい時間を共有したいアルマと、仕事以外の趣味も持たず家に篭り続けるレイノルズには衝突ばかり起きる。家を飛び出したアルマが気になって仕方なく渋々探しに行って、徐々にペースを乱されるレイノルズ。再び些細なことで癇癪を起こすようになった彼は、馴染み客が贔屓の店を変えた話を聞いて爆発する。ドレスは彼の愛の結晶であり、それを無下にされたり認められないのは彼の愛が見放されたもの同然だった。「彼女と結婚したのは大きな過ちだった」とシリルにこぼすのをアルマは聞いてしまう。不安定なレイノルズの中でまたもアルマはドレスに、彼の母の影に脅かされる。

 

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望むのはただ、優しく子供のように自分に身を委ねてくれるレイノルズだけ。アルマは再び毒キノコを、今度は削らずに躊躇なくそのままの姿で調理する。キノコを入れたオムレツを差し出し、わざと音を立ててレイノルズが嫌がるように水を注ぐ。彼は何の疑いもなく、キノコを口にする。

あなたには無力で倒れていてほしい

救いがなく、優しく、素直に

助けるのは私だけ

そしてまた強さが戻る。死にはしない

死にたいと願ってもそうはならない

少しおとなしくなるだけ

倒れる前にキスをしてくれ、と願うレイノルズに応えて二人は深く口づけする。

 

対等な恋人関係でいたかったアルマの真っ当な望みも、レイノルズの城の中で歪められいつしか自分がレイノルズを支配したいというものに取って代わる。いや、そもそも彼女が望んでいた関係は対等ではなかったかもしれない。疲弊して何もできない幼い子供のようなレイノルズに甘えられ甘やかす一種の共依存。彼女が夢見たのは弱いレイノルズだ。二度目に毒を盛られ、苦しみながらもこの上なく優しい目で彼女を見つめるレイノルズと、慈愛に満ちた表情で満足したように彼を眺めるアルマ。このシーンを見たとき、私は何年も前の光景を思い出して「あっ」と声をあげそうになった。

 

昔、その数日前に喧嘩した恋人と仲直りでディズニーランドに行ったときだった。仲直りはしたもののどこかギクシャクしながらアトラクションに並んでいたら、彼が吐き気を訴えたので慌てて外に出た。本当に苦しそうだったので、必死で救護室に連れて行って、薬や飲み物を調達した。薬を飲んだ甲斐もあって漸く落ち着いたので、ほっと息をついて園内のベンチに並んで腰掛けていると、不意に頭を優しく撫でられた。彼の方を向くと、今までに見たことがないような優しい目で私を見つめていた。あまりに溶けそうな眼差しだったから、時が止まったように感じたのを今でも覚えている。それまでの気まずい空気は一掃され、甘い雰囲気の真っ只中にいた。彼とはその後の二年近く付き合っていたけれど、あれほどまでに双方に慈しみの情が溢れるような時間は二度と訪れなかった。私の場合は人為的なものではなかったけれど、不謹慎を承知でもう一度あの瞬間にいられたらと思いを馳せることはあった。だから、私にはアルマのあの行為を狂気の結果と切り捨てることはできない。倒錯的だが、あの瞬間彼を捕まえたと私は確信していたのだから。

 

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究極の愛なんて耳障りの良い話でもないし、愛する男を殆ど半身不随にしてまで手元に置いておきたいなんて欲求は理解し難いものかもしれない。しかし、私はこの映画にとても惹かれてしまった。結局のところ愛とは自己と他者の間に生まれた関係性の形なのだから、当事者同士にしか理解し得ない、いや当人もよく分かっていないものかもしれない。母に守られたいと思いながらも大昔に死んだ母の影に怯え続ける男と、一度強烈に自己の存在意義を照らされたためにそれを引きずり続ける女。理想と内に秘めた薄暗い願望は表裏一体であり、彼らは一本の糸の上に立っているかのような緊張感の中で傷つけ合いながら自己の中に相手を、相手の中に自己の居場所を獲得する。

好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ

(『夜長姫と耳男』/坂口安吾)

今までに、相手の意思を尊重しながらも自分の希望を叶えたくて何度駆け引きしてきただろう。結局どちらかが折れるしかなくて、不完全に消滅させてしまった自分の望みを思い出す。レイノルズとアルマは徹頭徹尾、殆ど殺さんばかりに相手に立ち向かう。彼らは自分にも相手にも決して妥協しない。そんな闘争の末に二人が辿り着いた境地は、私には眩しくて仕方がないのだ。

 

母の幻影に逆らえず、彼女を投影したドレスを生み続けるためにレイノルズが作った城は、アルマによって破壊し尽くされた。彼は、アルマが築き上げた城の中で囚われの身となった。それでも、レイノルズは今まで暗闇で怯えてきた母の幻を見ることはなくなり、代わりに母親の生まれ変わりのようなアルマに一生愛される。衝突と破壊を繰り返した先には二人だけにしか理解できないであろう世界が確かに生まれた。この先、レイノルズが元の状態を望んでこの城から出ようとする日が来たら、きっと彼女はまたあの毒を使うのだろう。愛する男を永遠に留め置くために。

 

アルマは、事の顛末をレイノルズの主治医に語る。もしかしたら、今まで私が見ていたのは全て幻の織りなす綾だったのかもしれない。この物語は彼女の独白で幕を閉じるが、果たして彼らのお城はどんな最期を迎えるのだろう?

もし治らなくても、明日彼がいなくても構わない。彼は私を待っている。

来世で、安らぐ聖なる地で。

この世 次の世 その次の世

そこへ続く道になにがあろうとも

私はひたすら耐えて再び彼のもとへ

彼に恋することで人生は謎ではなくなるのよ