森の入り口

本を読んだり映画を観たり音楽を聴いてどうにか人のかたちを保っています

カルロス・ルイス・サフォン-『風の影』に寄せて

サフォンが亡くなった。 訃報を知ったのは本当にたまたまで、そろそろ「忘れられた本の墓場」シリーズ最終作"El laberinto de los espíritus"(『魂の迷宮』)の翻訳が出ても良い頃なんじゃないか、スペイン語の原書が出てから4年近く経ったし…と思いたって何…

鳴り響く鼓動のフーガ:『真夜中のピアニスト』感想(ネタバレあり)

ジャック・オーディアール監督、『シェイプ・オブ・ウォーター』や『イミテーション・ゲーム』のアレクサンドル・デスプラが音楽を担当した(!!)『真夜中のピアニスト』(2005)を観た。このミステリアスな邦題が内包する趣に惹かれて気になっていたのだ。配信…

30-DAYFilmChallengeを1日でやってみた

最近Twitterでよく見かける#30DayFilmChallengeを無性にやりたくなったので、クラシック版を20日目辺りで挫折した反省を踏まえて一気にやりました。 DAY1- the first film you remember watching 『千と千尋の神隠し』(2001) 当時あの映画を劇場で見た子供の…

福永への凄まじいリスペクト:大林宣彦『廃市』(1983)

大林宣彦の映画『廃市』を観た。 ずっと、かれこれ5年近く見よう見ようと思っていたのだ。それを理由をつけては後に回しているうちに時間が経っていた。大林宣彦が如何に福永武彦を愛しているのか、氏の『草の花』への想いを伝え聞いただけでもよく分かって…

夜を駆ける

5月に入って日中は日差しも強くて暖かくなり風は涼しくて気持ちが良いし、そろそろスピッツがちょうど良い季節だな、と思った。まあスピッツは年がら年中聴いているのだけど、旬の時期に聴くのは身体全体を使って曲を受容しているようで心地良いものがある。…

コーヒーが冷めてしまってから

コーヒーを2杯飲んだ。カフェイン中毒とは無縁だしどちらかといえば紅茶派なのだけど、母が淹れたコーヒーを父が飲まずに寝てしまい、放っておくと家庭内不和を引き起こしかねないので父の分も飲んでしまった。今日は日中程よく眠かったからさぞかし夜は寝ら…

Cinema Paradiso

あれは大学に入学したての頃だったか、必修科目のクラスメイトたちと学内の芝生で涼んでいると、その中の一人が手に持っていたウクレレで「ニューシネマパラダイス」の愛のテーマを奏で始めた。彼は高校卒業後に旅に出たり働いてから大学に入ったので私より…

エゴと狂気の二重奏:『ファントム・スレッド』感想(ネタバレあり)

ママの思い出が鮮烈に蘇る 夢の中に現れたり香りが漂う とても強く感じるんだ 我々の近くにいて手を差し伸べている きっと今夜ドレスを見てくれたと思う 最初は怖かった。 なぜこの女はこんな手段を取るのか、ここまでしなければならないほどこの男に尊厳を…

The point of no return

数日前に夜眠りに落ちる寸前になって、もしあの時ぐらいまで戻れたら何をするだろうか、という大変不毛なのに魅力的で抗えない空想をしてしまって眠るのに一苦労した。人生において戻ってやり直したい分岐点はいくつもあるけれど、明確に関与したいのは一箇…

また副鼻腔炎になった

最近寝つきが悪いし妙な夢ばかり見る。 まあ夢自体はこの半年ほどずっとよく見るし、一時期記録していたけど松枝清顕みたいになっても困るなと思って記録するのはやめた。 昨夜は床についたものの全く眠れないので、この間届いた『ロマンティック時間SF傑作選…

歯医者に行ったらチェコに着いた話

このところ歯が痛むので歯医者に行くことにした。 昔は3ヶ月に一回歯医者に検診に行っていたので殆ど歯にトラブルなど起きなかったが、どうも定期検診の頻度を減らしてから自信がなくなった。最近は家から歩いていける歯医者に惰性で通っていたが、昔通院し…

知らないうちに推しと世界を共有していた

推しと好きな曲がドンピシャだった上に全く同じ演奏を聴いていたことが分かった!!!!!! まあこの1文で言いたいことは全部含まれているのだけど…… 高校3年の6月の日曜日の昼下がり、偶然家の本棚で見つけた福永武彦の『草の花』を手に取って読み始めたら…

Frei aber froh-あるいはヴェデルニコフへのオマージュ

3歳から15歳までピアノを習っていたけど一向に上達しなかった。当時父は30年来のクラシックオタクで、母は音楽好きで家のアップライトでよくインヴェンションの1番や8番を弾いていたから、私がピアノを習うのは当然の流れだった。歳の離れた従姉妹が通ってい…

最終講義

昨夜は寝付けなくて気がついたら朝の4時になっていて、おかげで午前中丸々寝て過ごしてしまった。眠れない時間に思索に耽ったのかというとそんなことはなく、ただただ無為に時間を溶かしてしまった。しかし、同じ2016年ドラフトの遊撃手である西武の源田選手…

名前がつけられない

名前を考えるのが苦手だ。だって名前って本でいうところのタイトルだし、名は体を表すというのもあって顔よりも全貌を見せてくるような側面があって責任重大だ。 私はアカウント名一つ決める時にも悩んだ末によく分からない経緯で命名している。このブログと…

『罪と罰』を読む

『罪と罰』を読み始めた。数年前に持て囃された亀山郁夫訳ではなくて古き良き新潮文庫だ。これは単なる好みですが。 ロシア文学は『エフゲニー・オネーギン』とツルゲーネフとチェーホフ少々ぐらいしか通って来なかった(あとは『ペンギンの憂鬱』ぐらい)ので…

来年には存在しない日

本当はコンサートに行く予定だった。 昨日から断続的な吐き気もあって人混みに出るのが不安だったところに主催が今回はキャンセルを受け付けると言ってくれたので、渡りに船と行くのをやめてしまった。今頃余韻に浸っていたかもしれないシューマンよ、またい…

スープのことばかり考えて暮らしている

最近押麦のスープばかり食べていた。ワカメとツナと一緒に適度にコンソメで煮詰めると、柔らかい味になって随分身体に良いものを摂取したなぁという気分になる。なぜ食生活を改めたかというと、来月結婚式に参加するにあたってドレスを着る必要があったから…

『歩道橋の魔術師』(呉明益)

一年近く前に勧められてから読むタイミングを逃していたが、漸く読めた。年が明けてから映画を観るのと再読にかまけていたのでこれが今年最初に読んだ本ということになる。 呉明益の作品は先に長編の『自転車泥棒』を読んでいて、こちらのテイストが気に入っ…

ピアニストIlze Graubiņaについての覚え書き

J.S.バッハのイギリス組曲6番ニ短調の前奏曲が大好きだ。厳かに轟く低音から始まり、両手で紡ぎ合いながら上下する音型、短いadagioを挟んだ後の劇的なallegroは本当に素晴らしい。一つの悲劇的な英雄譚を聞いているような曲だ。ヴェデルニコフやアンジェラ…

2019年に観た映画振り返り(自宅編)

映画館で観た作品についてはこちら 取り零しがあるのは承知で、記憶に残った作品たちを。 1.ノッティングヒルの恋人 ロマンスっていうのはこういうのを言うんだろうなというぐらい夢のような恋の物語。『イエスタデイ』でも思ったけど、この監督の作品って30…

『イタリア広場』アントニオ・タブッキ

イタリア広場 作者:アントニオ タブッキ 出版社/メーカー: 白水社 発売日: 2009/09/01 メディア: 単行本 『イタリア広場』は1975年に書かれたタブッキの処女作だ。30歳になると必ず死ぬという数奇な宿命を背負う一族の男子たちが、イタリア統一後の王国から…

死者の声を呼び覚ます:『めぐり逢う朝』感想(ネタバレあり)

原題は"Tous les matins du monde"(『世界のすべての朝は』) コルノー監督キニャール脚本で17世紀のヴィオラ・ダ・ガンバの名手サント・コロンブと弟子のマラン・マレとの交流を描いた作品。今年はガンバ奏者Hille PerlのCDをよく聴いていたのもあって気にな…

私はいつから夢を見ていたのか:『寝ても覚めても』感想

赤の他人どころか画面の向こうのフィクションの世界の人物なのに、観終わってから一ヶ月経ってもなお彼らのことを考えている。 今年の春先に質問箱を介して『寝ても覚めても』を強くお勧めしてもらっていたが、当時は余裕がなくてあまり観る気になれず、漸く…

待ち人来たる-『福永武彦全集』を買った日

もう十一月も三分の一が過ぎようとしているから、五時の少し前でも宵に差し掛かっていた。 かれこれ二十分は見つめているだろうか。神保町の、主に洋書と個人全集を扱う古書店の棚に掲げられた夥しい数の作家の名を記した値札の中から、「福永武彦全集」ただ…

2019年に観た映画振り返り(劇場編)

年の瀬恒例の #2019年に観た映画ベスト10 なるハッシュタグをやろうとしたものの選びきれなくて初っぱなから躓いてしまった。 というやる気のない理由から、徒然に今年観た映画を振り返ることでお茶を濁そうと思う。案外長くなってしまったのでまずは劇場で…

オルガンのためのトリオ・ソナタBWV527

私はトリオ・ソナタが大好きだ。とりわけ好きなアンサンブル形態の1つといっても良い。バロック時代を席巻した合奏手法として、いわゆるコンチェルト・グロッソー合奏協奏曲なんかが人気だけれど、私は二声と通奏低音のシンプルなトリオ・ソナタを推したい。…

『自転車泥棒』(呉明益) -あるいは遠回りする形見

その本は、年々縮小していく家から一番近い本屋の、海外文学のごく小さな棚の片隅に佇んでいた。 おそらく刊行された昨年の秋に新刊として仕入れたものがそのまま中国文学のコーナーに移されたのだろう。周りの本と比べ幾分か厚かった。 基本的にアジア文学…