森の入り口

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『イタリア広場』アントニオ・タブッキ

 

イタリア広場

イタリア広場

 

『イタリア広場』は1975年に書かれたタブッキの処女作だ。30歳になると必ず死ぬという数奇な宿命を背負う一族の男子たちが、イタリア統一後の王国から共和国への歴史の流れの中に巻き込まれていく様子を3代に渡って描いた作品である。

それに、だいたい、ガリバルドの一家にとって、時間はいつも、ある特別な流れ方をしてきたのだ。

物語は「エピローグ」と題された話から始まる。一族の主であるガリバルドは広場で銃撃されて生涯を終える。先に終焉を見せてから始まりまで遡るのは、この小説が巨大な円環の中にいることを示しているようだ。小説という体をとっているが、時に断片とも言えるような短いエピソードを挟んでおり、全体として歴史絵巻を眺めているような気分になる。

舞台はトスカーナ地方の小さな村だ。ガリバルディに憧れ赤シャツ隊に加わったプリニオは、30歳の時密猟中に狙撃されて死ぬ。敬愛するガリバルディにちなんだ「ガリバルド」という名を父から与えられた三男は、村が飢饉に見舞われた時に国王倉庫を襲って小麦を村民に与えようと蜂起するが憲兵によって殺される。その上の双子は招集されてアフリカに行くが、遺骸は片方のものしか返ってこなかった。

予期せぬ妊娠をした長女はメルキオーレと名付けられた生まれた子を農場主の元へ養子に出して出家する。そして、亡きガリバルドの息子は父の名を継いでガリバルドと名を改められる。

 

いくつものエピソードが繰り出されるが、我々に与えられている情報は少ない。この作品には二人の「ガリバルド」が出てくるので読み手は一体これはどちらの話だったのか困惑する。また、戦死した兄がどちらだったのかは有耶無耶にされる。タブッキは意図的に全てを明かさずに年代記を編んでいるが、それがかえって後世から過去の記録を辿っている気になる。我々に近い立ち位置にいるのが、村の司祭で歴史の生き証人であるドン・ミルヴィオだ。聖書の教えを時代に適応させるべきだと考えた彼は独自の祈りを作り出して村人たちを教え導く。この村では告解をする人間も滅多におらず、司祭は暇を持て余している。極端に信仰心の強い人物は出てきたが、村全体として宗教がそこまで根付いていないのだろうか。

この小説のメインディッシュは3代目のガリバルドの話である。彼は権力に対抗してアナーキストとして活躍する。ガリバルドは単純で血気盛んだが情に厚く、友人に恵まれる。恋人のアズマーラはガリバルドの背負う宿命に抗うために占い師と協力する。一方、一族の支流から逸れたメルキオーレはファシストに近づいて村を騒乱に巻き込む。

 

これは一人の男とその一族の話というにはスケールが大きく、ある一つの村がイタリアの近代史の流れの中で辿った軌跡を扱った作品でもある。それだけでなく、共産党ファシスト、教会、アナーキストの市井の人々を生き生きと描いており、ミクロヒストリーの形をとった歴史書のようでもある。

何度も命の危機に瀕しながらも脱出してきたガリバルドはどのような最期を迎えるのか。終わりを見届けた時、ある一人の男の死がまるで一時代の終焉であるかのように思えた。無名の死に過去という多層的な色付けが為されて大きな輝きを放たせた、壮大な叙事詩である。

 

(似たテーマの作品たち)

●『百年の孤独ガルシア・マルケス

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

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レビューを見てみるとこれを挙げている人が非常に多かった。この永遠の積読に来年は立ち向かえますように。

 

●『豊饒の海三島由紀夫

豊饒の海 第一巻 春の雪 (新潮文庫)

豊饒の海 第一巻 春の雪 (新潮文庫)

  • 作者:三島 由紀夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2002/10
  • メディア: 文庫
 

予め定められた死の中で繰り広げられる物語という点ではこの作品がパッと浮かんだ。こちらは転生ではあるが。   

「今、夢を見ていた。又、会うぜ。きっと会う。滝の下で」

1つの鋭い閃光を残して20歳で生を終える宿命に生まれついた人間たちとその転生を見守る男の話。三島由紀夫生前最後の作品であり日本文学史に燦然と輝く大作である。

 

●『愛の裏側は闇』ラフィク・シャミ

愛の裏側は闇 (1)

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シリアのとある村で祖父の代から対立する2つの名家に生まれた男女の恋を描いたシリア版ロミオとジュリエット。本作と作りもよく似ていて、300個ほどの断章のようなエピソードが織り成す壮大な絵巻物だ。対立する2つの一族の3代に渡る確執は愛憎に塗れていて、家系図も複雑だし読んでいて混乱してくる。国境を越えてレバノンへ駆け落ちする主人公や、異教徒と結婚して殺される叔母など愛に生きた人物がドラマチックに語られる。アラビアンナイトを彷彿とさせるシリアの民話も数多く出てきて読み応えがある。

 

●『赤朽葉家の伝説桜庭一樹

赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)

赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)

 

未来が視える不思議な少女万葉が地元の名家赤朽葉家に嫁いでからの孫までに渡る3代記。どんどん変化していく激動の戦後60年間を生きた一族の記録である。伝説のレディースから売れっ子少女漫画家になった長女毛毬や風雅な遊び人の夫曜司など個性的な人物が多いのも魅力。夫や息子の死を幻視してしまう万葉には、本作の不幸な未来を予知してしまうヴォルトゥルノが重なる。