森の入り口

本を読んだり映画を観たり音楽を聴いてどうにか人のかたちを保っています

最終講義と本木雅弘

昨夜は寝付けなくて気がついたら朝の4時になっていて、おかげで午前中丸々寝て過ごしてしまった。眠れない時間に思索に耽ったのかというとそんなことはなく、ただただ無為に時間を溶かしてしまった。しかし、同じ2016年ドラフトの遊撃手である西武の源田選手と中日の京田選手の守備の持ち味の違いなどへの知見を多少は得た。遂に選手にも感染者が現れ、いつ開幕するのか今シーズンを遂行できるのかも不透明だけど、次に試合を観られるときのために新しい視点を少しでも増やしておこう。

外出ができるムードでもないし、天気も悪かったので一日家で過ごした。昼は味噌煮込みうどんでも食べようかと思っていたら、母が唐突にピザを焼いたので、ローソンのカヴァをお供に食べた。何となく京響ライブ配信を聴きながらごろごろした。プログラムはシューベルトの5番とマーラーの4番で、ウィーンプログラムだった。なんとなく4番はシューベルトっぽさもあるし。シューベルトの5番は編成も小さいし4番や未完成、グレイトに比べると目立たないが、初めて聴いた時から佳曲だと思っている。ベームのわりと地に足のついた録音で聴いたので、他の録音はなんだか物足りないなと思ってしまう。しかし今日聴いた京響のそれは厚みがあって内声部なんて特に良かった。

 

今月で東大を退官されるという沼野充義先生の最終講義がALLReviewsの企画でYouTube配信されるということで、16時からはその講義を聴いていた。「チェーホフとサハリンの美しいニヴフ人――村上春樹大江健三郎からサンギまで」というタイトルの講演に惹かれたのもある。結局村上春樹の名前を出されるとどうにも弱いのだ。そして、最初は寝転がって聴き始めた講義だったが、気がついたら机に向かってノートをとりながら最後まで聴き入ってしまった。講義ノートを取る機会なんて卒業以来あっただろうか?何かが迸って充実した時間だった。講演はチェーホフ記録文学サハリン島』に始まって、実に見事な流れで村上春樹大江健三郎へと繋がっていった。『1Q84』ではこの『サハリン島』を始めとしてチェーホフがふんだんに引用されているそうで、未読だったのを後悔した。

…(中略)文学的垢を洗い流すための一種の巡礼的な行為だったのかもしれない。

これは紹介されていた『1Q84』の引用で、なぜモスクワで作家として賞賛を受けていたチェーホフが辺境のサハリン島に調査に行ったのか、という疑問への考察である。つまり、チェーホフは文学的営みから離れて社会的なコミットメントを果たしているのではないか。ここで、沼野先生はこれは村上春樹自身をも指しているのではないか、と述べられていた。村上春樹の社会的なコミットメントとして挙げられるのはオウム事件後に一連の事件を関係者に取材をしたのを纏めた『アンダーグラウンド』、『約束された場所』である。氏の行動には「創作の枯渇を誤魔化しているのではないか」といった批判があったようで、そうしたものへの20年越しの彼なりの答えであったのかもしれない。

 

それにしても、『サハリン島』で言及されている少数民族のギリヤーク人(現在はニヴフ人と呼ばれている)を切り口に、『1Q84』と大江健三郎の『幸福な若いギリアク人』に見られる周縁への眼差し、少数民族アイデンティティという題材にまで広がったのには驚いた。そして現在唯一のニヴフ人作家であるウラジーミル・サンギの話に繋がる。サンギ氏の言葉を借りるなら、彼はなんとかニヴフ人の文化、慣習の残る時代に生まれて「間に合うことができた」。しかし、氏の父親はスパイ容疑で銃殺され、氏自身も学校で母国語の使用を禁じられるなどの弾圧を受けた。少年時代に謂れのない差別を受け、ロシア語を強制されたとき、思わず母国語で詩が口から零れ落ちたという話からは、詩というものが持つ力を改めて思い知らされた。

講演は沼野先生の次のような言葉で締めくくられた。

 

どんなに恐ろしい同調圧力の中にあっても、心の中ではそっと不同意の姿勢を貫くこと。

そして大声を張り上げなくても良いから、小さな大事なものをそっと守り続けること。

文学に携わる者の最大の仕事である。

 

人文学が役に立たない学問だと糾弾されてから随分時間も経った。分かりやすいスキルが重視され、即効性の高いビジネス書がベストセラーに並ぶ時代だが、今まさに私たちが直面しているような危機的状況においては、こうした姿勢を保ち続けることが個人に求められるものではないのか。今日この講演を聞いて以来心に大きな盾を構えられたような心境になっている。私は骨だけでなく心も折れやすいので、何度もどん底に落ちてきたが、そういう時に頼りになるのは小手先のスキルではなくて自分の心の在り方であったように思う。

 

晩は焼きそばを食べた。焼きそばに山椒をかけると意外と美味しい。珍しく土曜の夜にプロフェッショナルをやっていて今日はもっくん回だったが、非常に見応えがあった。

プロフェッショナルとは、「プロであること」を疑い続けるってことじゃないでしょうか。どうすればプロになれるだろうかと、何事にも途上でありたいということだと思います

明日はとても寒くなるようだ。シューベルト即興曲を聴いて温まろう。