忘れられた本の墓場

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Frei aber froh-あるいはヴェデルニコフへのオマージュ

3歳から15歳までピアノを習っていたけど一向に上達しなかった。当時父は30年来のクラシックオタクで、母は音楽好きで家のアップライトでよくインヴェンションの1番や8番を弾いていたから、私がピアノを習うのは当然の流れだった。歳の離れた従姉妹が通っていたピアノ教室を紹介されて、毎週土曜日の昼下がりにそこに通った。ピアノの先生は当時50歳ぐらいの、ゴージャスな服に身を包んだ女性だった。おおらかな方で、私が待ち時間にソファの間に落ちて泣いていても、レッスンで全然弾けなくてもニコニコしていた。きっと幼い生徒の興味を引くためだろう、「先生はね、魔女なのよ。いつも夜に2階の窓から箒に乗ってお家まで帰っているの」と大真面目な顔で私に言うので、10歳ぐらいになるまで私はそれを信じ込んでいた。おまけに、きっと内緒話なんだろうなと思ったので周りの誰にも話さなかった。

習っている曲をそれらしく弾けるようにするために練習はしたけど、曲の構成や雰囲気、指使いの是非なぞてんで考えもしなかったので、当時習った曲はなんとか弾けても私のピアノはそこから先へは進まない。途中から並行して習っていたヴァイオリンの方に中学に上がって夢中になってしまったので、結局高校に入るタイミングでピアノはやめてしまった。今でもどうにか弾けるのはハイドンピアノソナタショパンのいくつかの小品、なぜかのめり込んだインヴェンションと、最後に習ったバッハのイタリア協奏曲の1,2楽章ぐらいである。3楽章のあのグールドの軽快なタッチが惚れ惚れするPrestoまでは遂に辿り着けなかった。中学の同級生には幻想即興曲ベートーヴェンの悲壮を完璧に弾きこなしたり、ドイツのコンクールで優勝した人なんかもいたので、完全に気後れしてしまったのもある。

習っていた当時はピアニストの違いやピアノ曲それ自体には殆ど関心を持たなかった。ジブリをやりたがる時期もあったし、ピアニストは一度コンサートに連れて行かれた仲道郁代さんしか知らなかった。しかし、そんな中で私が唯一自分から求めた曲があった。

 

小学6年生の冬にドラマ「のだめカンタービレ」が放送された。キャッチーで奇想天外なのだめと、当時から輝かんばかりに格好良かった玉木宏演じる千秋先輩が大好きで、受験勉強の傍でテレビにかじりついて観ていた。

その曲に出会ったのは突然だった。

ドラマも終盤に差し掛かった12月のある日、のだめのライバルがコンクールのステージに現れ、決然と弾き出したその冒頭からいきなり心臓を鷲掴みにされた。私が心奪われた旋律はパガニーニの曲からの借用であることも、その曲が変奏曲であることも何も知らないまま、私は重厚で毅然とした、ブラームスパガニーニの主題による変奏曲に熱烈に恋に落ちてしまった。曲名も分からなかったから、後日父に録画を流しながら「この曲を聴きたい」と頼んだ。1週間後、クリスマスプレゼントとして渡されたのが、ロシアのピアニスト、アナトリー・ヴェデルニコフが演奏するCDだった。シューベルトさすらい人幻想曲シューマンの交響的練習曲と併録されたCDだった。

 

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再生して、その張り詰めた糸のような弾き始めとその後の激情に駆られたような展開に改めて引き込まれた。ドラマで流れたのはほんの20秒程度だったから、届いたCDを聴いてまさかこんなに終わりが見えないほど目まぐるしく広がる曲だとは思わなかった。当時、シューマンブラームスは名前ぐらいは知っていたが、彼らがどんな人物だったのかも他にどんな曲を書いたのかも関心を持たなくて、それどころか自分が熱心に聴くこの曲を演奏するヴェデルニコフが誰なのかも知らないまま、ただパガニーニの主題による変奏曲だけを聴き続けた。

 

大学でオーケストラ部に入り、気づくと周りの重度の音楽好きの友人たちに触発されて自分の好きな演奏を探すようになった。たまたま知ったクララ・ハスキルモーツァルトにのめり込み、いつのまにかグリュミオーの音色を目指してヴァイオリンを練習するようになった。演奏会でブラームスの3番を弾いたのをきっかけにブラームスシューマンにどハマりして、彼らの楽曲を貪るように聴いた。シューマンの楽曲を聴いているうちに、彼のピアノ曲の魅力に取り憑かれた。幻想曲やクライスレリアーナに夢中になり、それらの演奏を手当たり次第に聴いているうちに、クラウディオ・アラウに辿り着いた。不可侵の孤独と暖かな人間味が同居するような演奏をするアラウは、今でも一番好きなピアニストの一人だ。

 

ある日、吉祥寺のディスクユニオンピアノ曲の棚を眺めていたら、シューマンの幻想曲、トッカータピアノソナタ2番を収録したCDを見つけた。気になって手に取ると、強い意志を持った眼差しでこちらを見つめるような緊迫したジャケット写真には見覚えがあった。かつてあの一曲だけを擦り切れるほど聴いた、アナトリー・ヴェデルニコフの録音だった。そのまま会計を済ませ、家に帰ってパソコンで再生した。胸の内に宿る熱いものを極限まで抑えたような幻想曲のアルペジオを聴いた瞬間に、初めて彼の弾くブラームスを耳にしたあの12歳の冬の日の寒いオーディオルームに戻ったような気がした。ヴェデルニコフが少年時代に父親をスパイ容疑で銃殺され、その後は師であるネイガウスの庇護を受けながらも親友リヒテルに比べて長い不遇の時代を過ごしたこと、漸く彼の名が世界に轟こうとする頃に病に倒れてしまったこともその時に知った。透徹した、どこまでも自己の深部まで内省に沈むような彼の演奏に、それ以来ずっと夢中になっている。

 

大学4年の秋に、アンスネスのリサイタルでシューベルトの3つのピアノ曲の2曲目を聴いて、初めてパガニーニの主題による変奏曲を聴いた時と同じような衝撃を受けた。それ以来、シューベルトは自分にとって大切な作曲家だ。ピアノを習っていた時はピアノを取り巻く外の世界が全く見えていなかったのに、今では好きな曲がプログラムに入った演奏会に嬉々として出かけるし、お目当ての演奏家のリサイタルがないか血眼になって探している。たまたまテレビ越しに聴いた曲に夢中になった私も、今やシューマンのピアノ協奏曲をやると聞いて出かけた演奏会でソリストを務めたアンスネスにのめり込んで彼のソロリサイタルにまで出かけるようにまでなった。

 

今では好きな作曲家も曲も挙げ始めたらきりがないぐらいだけれど、とりわけ眠れない夜にそばにいてほしい作曲家はシューベルトシューマンブラームスだ。何が言いたいのかというと、件のヴェデルニコフのCDにはその3人の曲が収められているので、まるで伏線のようだったなと笑ってしまうのである。