森の入り口

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鳴り響く鼓動のフーガ:『真夜中のピアニスト』感想(ネタバレあり)

ジャック・オーディアール監督、『シェイプ・オブ・ウォーター』や『イミテーション・ゲーム』のアレクサンドル・デスプラが音楽を担当した(!!)『真夜中のピアニスト』(2005)を観た。このミステリアスな邦題が内包する趣に惹かれて気になっていたのだ。配信も見つからず、隣の市のゲオに在庫を見つけて漸く観ることができた。その市はもう亡くなってしまった祖母の家がかつてはあったり今でも叔母一家が住んでいる土地だが、もう3年ぐらい訪れていない気がする。年の近い従姉妹や昔は姉のように慕っていた少し年の離れた従姉妹が何をしているのか全然聞かない。以前は田んぼが広がるのどかな場所だったような気がするのだが、久しぶりに足を踏み入れたその街は今やマンションが立ち並び、道は狭くなって全く姿を変えていた。目的地を目指しながら、どこか後ろめたい郷愁を感じた。

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原題は"De battre mon cœur s'est arrêté"で、「止まった僕の心臓の鼓動」というような意味。まあ邦題は案の定独自のニュアンスを出してしまった。 1978年のアメリカ映画『マッド・フィンガーズ』のリメイクで、舞台をパリに移して主人公もマフィアから市井の人間に変えたようだ。元の映画を見ていないので何とも言えないが、フランスの話に落とし込んだことで撮影時の社会問題(移民問題とか)なんかに触れており、何よりピアニストを志す若者にとってパリはこれ以上ない場所である。

 

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ロマン・デュリス演じる主人公のトムは、不動産ブローカーとして立ち退き要求や物件の管理をしている。立ち退きに応じない物件に鼠を放ち、必要なら暴力で追い出すようななかなか悪どいことをしている。仕事終わりには仲間2人と飲んだりナンパをするお決まりの毎日で、鬱屈した思いを抱いている。彼の父ロベールも不動産業をやっていて、家賃の取り立てのために乱暴したり手段を厭わないあたり、トムが父の影響下にあることがうかがわれる。そんな彼が唯一心を落ち着けられるのはヘッドフォンで音楽を聴いているときだけ。外界のノイズをシャットアウトして目を閉じて笑みを浮かべる彼の内面の様子が手に取るように伝わってくる。

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ある日、トムは偶然昔のピアノの恩師に再会する。今はコンサートマネジメントに勤しむかつての師からオーディションの誘いを受けて、彼はピアノを再開することに決める。実は亡くなったトムの母親はピアニストだったのだ。しかし彼女は相当神経質だったようで、彼が自宅で再生した母の録音では演奏をすぐに止めては何度も弾き直しをする様が聴こえてくる。物質的な豊かさを重んじてお金が第一のトムの父とピアニストの母はどうも結びつかない。この複雑に絡んだ糸のようなトムの家族関係はこの作品の一つのモチーフとして、何度も現れる。

 

ところで、楽器を演奏する人ならブランクの恐ろしさはよくお分かりだろう。「1日練習を休むと取り戻すのに3日かかる」というよく教師が生徒を脅す文句もあるぐらいで、演奏において身体の使い方、適切な姿勢、指の回り具合は表現以前の問題であり、これらが鈍っていてはどんなに自分の理想とする演奏があったとしても再現できない。ましてやトムは10年以上ピアノから離れていて、息抜きにたまに触れるぐらいだったのだから、彼がコンサートピアニストの世界を目指すことがどんなに困難な道かは容易に想像がつく。

さらにトムは肥大化したプライド、虚栄心は十分すぎるぐらい持っていた。こんなことできらぁ!と言わんばかりに尊大な態度で無茶な目標を掲げる彼にピアノ教師たちは眉をひそめ、まるで取り合わない。漸く彼が見つけた先生は、奨学金を得てフランスの音楽院に留学に来ていた中国人女性ミャオリンだった。こうして、フランス語を殆ど解さない穏やかで大人しそうな教師とトムのレッスンが始まった。

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トムは実に自分勝手で、プライドに比例して理想ばかり高いのに決して自分の現実を直視しようとしない。犯罪まがいの仕事に手を染め、女の尻ばかり追いかける同僚たちを内心馬鹿にして、自分はこんな世界に早くさよならをして高貴な芸術の世界に行くんだと夢を見る。しかし、決してそのピアニストへの道に待ち受ける厳しさなど考えようともしないのだ。彼にとってはピアノが現実逃避の手段になっていて、手段が目的化している。ただただ現状から抜け出したくて、自分はここにいるべき人間じゃないと焦燥感に追い詰められるトムを見ているとこちらも首を絞められたような気がしてくる。トムはあまり好意を抱けないような男だ。同僚の浮気のアリバイ作りに利用されるのにうんざりし、彼の妻と関係を持つ。とにかく口がうまいのだ。寂しい人妻をあっという間に誘惑し、束の間の刺激を味わう。父に頼まれて取り立てに行ったロシア人の愛人も口説き落として手を出す。彼にとって女性は鬱憤の捌け口として粗雑に扱われる。

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そんないけすかない男なのについつい画面から目が離せないのは、彼を演じたロマン・デュリスの演技が実に良いからだ。まず表情が素晴らしい。自分が一番可愛くて他人なんかどうにでもなれとさえ思っているトムは営業スマイルから相手を小馬鹿にしたような笑い方、己の卑屈さに気づかず浮かべた歪んだ微笑み…と、笑い方にしても引き出しからどんどん出てくる。それがこの男を多層的で一筋縄ではいかない人間に思わせてきて、ある点においては共感してしまう瞬間がきてしまう。序盤と終盤の暴力シーンにおける彼の表情の違いも、置かれた状況に対する受け止め方が変容したことが窺われてよかった。この映画は台詞がそんなに多くないので、デュリスの所作や表情などの余白から感じられるものが多かった。

 

さて、トムと父親の関係は捻れている。父は彼を呼びつけては取り立てや立ち退きのための乱暴要員として扱う。頻繁に会っているのにお互いの好きなものには関心を示さず、同じ空間にいてもその距離感は隔たれている。トムが任務に失敗すれば失望を隠さず、成功してもさも当たり前かのように褒めもしない父と子の関係はあくまで損得勘定に基づいたものに見える。他方トムはトムで、父親に紹介された恋人を財産目当ての娼婦だと露骨にバカにして、彼らの関係をぶち壊す。その点においてトムは、父親を取られることに嫉妬と不安に苛まれる幼い子供のようだ。しかし、彼の父はピアノのせいで母親が不幸になったと考えていて、音楽にはまるで興味を示さない。トムは父に隠れて母の録音を聴いては心を安らげ、ピアノに一層打ち込む。このように、この映画ではトムの本職である不動産業が父親の、ピアノが母親の記号として扱われている。昼間本業に身が入らず、ピアノに心を奪われている様子からは父親からの解放と母への思慕を描いているようにも感じられる。終盤、父親が関わったあるロシア人のせいでこの父子関係は悲劇的な結末を迎えてしまうが、トムにとって父親は一貫して乗り越えるべき障壁として描かれていた。

 

この作品ではディスコミュニケーションの描き方が巧みだ。口が上手くてどんどん相手の気を引いてその気にさせるトムだが、人との関係はお世辞にもうまくいっているとは言えない。同僚には心を開けず、不倫相手はただの火遊びの相手で、父親との関係は行き詰まっている。去りゆく父に「パパ!」と呼びかける彼の悲痛な叫びは聞いてもらえないし、電話越しにどんなに愛を語らっても彼の表情は満たされない。この映画では喫煙シーンが多く割かれていて、トムは落ち着かなくなるとすぐに煙草をくわえる。この煙草の使い方がうまかった。ピアノを弾く前には一本味わうような吸い方もする一方で、人と対峙しているときにはすぐに何本も吸ってしまう。

このように人とうまく関われない主人公にとって唯一の安寧の地となっていくのが、ピアノ教師ミャオリンとのレッスンだった。はじめは言葉も分からない外国人に何がわかる、と言いたげに見下していた彼も、ミャオリンのジェスチャーや慈しむような眼差しといった真摯な態度から次第に彼女に心を許すようになる。彼らのコミュニケーションの大半はジェスチャーや音楽記号、短い英単語で、会話とは言い難いものだ。それでも、いつしかレッスン後にはお茶の時間が設けられ、トムは彼女にフランス語を教えることで彼らのやり取りは双方向のものになる。

 

この『真夜中のピアニスト』という映画は、ピアニストを志す夢追い人を描いているように見えるが、現状に閉塞感を抱えてとにかく打破しようともがく自分勝手な男が自分の安らげる居場所を獲得していく物語だった。トムがオーディションで最後まで弾ききることのできなかったのは、彼をずっと見てきた私にとっても想定内だった。仕事をしているときも、家族や仲間といるときもずっと彼のうるさい心臓の音が聴こえてくるようだったが、彼の演奏についてもそう言える。トムがオーディション用に選んだバッハのトッカータBWV914のフーガはまるで迅る心臓の鼓動が打ち鳴らされるような疾走感で、こっちが不安に苛まれるぐらいだ。最後にトムの辿り着いた場所は見ようによっては敗者に思われるかもしれないが、とにかく此処ではない何処かに行きたかった彼にとっては夢が叶ったも同然かもしれない。ラストシーンでピアノの音色に耳を傾ける彼の満足しきった蕩けるような安堵の表情に、この映画でずっと鳴り響いた鼓動も漸く落ち着いたような気がした。


Grigory Sokolov plays Bach Toccata in E minor, BWV 914 - video 1990

(冒頭がそのフーガだ。また、3:15からを参照されたい)


そもそもこの作品を知ったのはデスプラが音楽を担当した映画を調べていたときだった。こういう音楽映画では登場人物たちが演奏する曲の方がメインになりがちだけれど、場面の隙間を埋めるかのように溢れるデスプラの曲が実に良かった。独特の靄のかかったような世界観は、夜にピアノに向き合うことで漸く自分の安寧を見出せるトムにとてもよく合っていた。Merci, Desplat!