森の入り口

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カルロス・ルイス・サフォン-『風の影』に寄せて

サフォンが亡くなった。

訃報を知ったのは本当にたまたまで、そろそろ「忘れられた本の墓場」シリーズ最終作"El laberinto de los espíritus"(『魂の迷宮』)の翻訳が出ても良い頃なんじゃないか、スペイン語の原書が出てから4年近く経ったし…と思いたって何か情報が無いのか検索したからだ。新刊の所在をふと気に留めなかったら、ずっと気づかないままだったかもしれない。その3日前に、サフォンはこの世から旅立っていた。数年前から癌を患っていたらしい。

スペインの作家カルロス・ルイス・サフォンを、本好きの方ならおそらくご存知だろう。スペインの国民的作家で、彼の一番の代表作である『風の影』("La sombra del viento")は世界中で翻訳されて読まれているし、日本でも2007年の「このミステリーがすごい!」の4位にランクインしている。1950年代の未だ内戦時代の傷痕の残るバルセロナを舞台に、古書店の息子ダニエルと彼が少年時代に出会ったかけがえのない小説を結ぶ数奇な運命を描いた作品だ。

 

『風の影』は、ジュブナイル小説であり、主人公が恋の痛みや挫折を重ねながらも障壁を越えて成長していく19世紀教養小説的側面もあり、ユーモラスで魅力溢れるキャラクターに彩られたコメディ要素もありながら、ゴシック小説を彷彿させる身も凍るようなサスペンス小説でもあり、胸を焦がしうっとりするような陶酔に触れるロマンス小説でもある。一言で定義できないほど多彩な色を持った小説だ。出てくる登場人物はそれぞれまるで違った性格をしていて、読み返すたびに違うキャラクターに感情移入してしまう。二度と帰らない過去への執着や、自分の身を犠牲にしてでも相手の幸福を祈る張り裂けるような愛情、復讐に取り憑かれて鬼になってしまった人間の怨念、親友のために孤独な男が見せた精一杯の熱い友情、一瞬の恋の煌めきのために燃え盛る炎に身を投じる若き情熱が、描かれている。

そんな中でとりわけ私を夢中にしたのは、この作品において繰り返し描かれる過去に取り憑かれた人間たちだ。思い出、二度と戻っては来ない時間、自分の奥深くに堆積し続ける記憶…生きていく上でお守りにも足枷にもなり得るこの厄介な蜃気楼のようなものにどう向き合うべきかを、サフォンは教えてくれた。

この作品の主人公ダニエルは、幼い頃に亡くした母の不在による喪失感に悩んでいる。朧げながら残っていた母の面影を彼が忘れてしまったある朝から、全ては始まった。半狂乱になったダニエルを宥めた父親は、彼をバルセロナの奥深くにある秘密の場所、「忘れられた本の墓場」へと導く。そこは事情によって今や読まれなくなってしまい、世間から忘れられようとしている本たちが眠っている。

「この場所にはじめて来た人間には、ひとつきまりがある。ここにある本を、どれか一冊えらぶんだ。気にいれば、どれでもいい。それをひきとって、ぜったいにこの世から消えないように、永遠に生き長らえるように、その本を守ってやらなきゃいけない。とってもだいじな約束なんだ。いいか、一生の約束だぞ」

と、父はぼくに言いきかせた。

「きょうは、おまえがその番だ」

そんな、本好きには堪らないような掟に従って、ダニエルはふと目に止まった本…『風の影』を手に取った。予感は的中し、その本は彼の心を虜にして最後のページにたどり着くまで彼を掴んで離さなかった。初めて心から物語の世界に没頭し夢中になったその本は、少年にとってかけがえのない宝物であり友人となった。

 

ダニエル少年が夢中になった本の著者であるフリアン・カラックスは、謎に包まれた作家だった。バルセロナの出身でありながらパリに移住し、彼の地で何作もの小説を発表したものの鳴かず飛ばず。『風の影』を出版した直後に内戦真っ只中のバルセロナに戻ってきて、非業の死を遂げた。ダニエルが闇の中から拾い上げた作家は、もう過去に葬られていたも同然だったのだ。      

               

作家に惚れ込んでしまった人間がそうせずにはいられないように、ダニエルもカラックスの全作品を読もうと息巻くが、この世にカラックスの小説は殆ど残っていなかった。何故ならある時期を境に、彼の本を焼いて回る「ライン・クーベルト」と名乗る不思議な男が現れたからだ。作家の分身とも言うべき作品をこの世から残さず消すなんてよほど強い恨みを持っているに違いない。忘れられない限り人間が生き続けるのだとしたら、その生きた証である小説を消すのは二度目の死を迎えるようなものだ。こうした、記憶と対になる"忘却"の恐ろしさとそれがもたらす救いについても、『風の影』で印象的なテーマだ。

そして、カラックスと親交のあった女性ヌリアを紹介されたダニエルは闇の彼方に消えた作家の過去へと足を踏み入れてしまう。


やがて少年ダニエルも向こう見ずな初恋に破れ、少しずつ人生の辛酸を味わう。ひょんなことから知り合った饒舌なホームレスの男性フェルミンを、ダニエルは父の古書店に迎え入れる。内戦とのいわくありげな過去を持つ、この皮肉屋で弁の立つ何処か憎めない男はやがてダニエルの良き相談相手として、また悪友として大切な存在になっていく。成長したダニエルは、ある日大地がグラグラと揺れるような衝撃を受け、抗いようのない恋に落ちてしまう。

一方で、フリアン・カラックスの生家や母校を訪ね、彼の交友関係を少しずつ洗っていたダニエルとフェルミンに、執拗に近づき警告をする男がいた。その男、刑事のハビエルは、フェルミンを拷問した過去を持ち、内戦期には密告者として暗躍した冷酷で無慈悲な人間だ。ただの好奇心からカラックスについて調べていたはずが、ダニエルはいつしかこの作家が今も闇に消えてはおらず、その因縁が現代に繋がっていることに気づく。ダニエルが少年時代のフリアンの愛した女性の存在に辿り着いたとき、過去で塗り固められた牙城は音を立てて崩れ、ダニエルの人生をも侵食し始めるのだった……。

 

ダニエルがカラックスを追い続ける限り、彼は忘却の彼方には追いやられずに命の灯火を燃やし続けている。そして、世界から忽然と姿を消したフリアン・カラックスを憎む人間がいる限り、彼の存在が失われることはない。過去がどんどん遠くに流されていったとしても、覚えている人間がいる限り、見失われることはない。思い出と記憶を脅かす敵は忘却であるのだから。

対照的に、過ぎ去りし時にいつまでも執着し続ける人間を、サフォンはこの作品においては「思い出という牢獄に囚われた」人間として描いている。過去は、死者は、生者の心を蝕むものにもなり得るのだ。それでは過去にいつまでも執着して身も心も蝕まれた人間は不幸なのだろうか。一概に断言することはできないし、『風の影』に出てくる何人ものそんなキャラクターたちは各々違った結末を迎えている。

フリアン・カラックスについて明らかになるにつれてダニエルの世界はまるで入れ子構造のようにカラックスの過去とシンクロする。やがてダニエルの周りにも危険が及び、恐ろしい真実が近づいていた。

 

抽象的な話ばかり書いてしまったが、ご容赦いただきたい。ダニエルの人生が次第に『風の影』と重なっていくように、私にとってもこのサフォンの作品は、奇妙な縁で結ばれている。かつて『風の影』を教えてくれた人間がこの世からいなくなってしまったときに、私は初めてこの小説を手に取った。私はこの物語を読みながら、同時に喪った人間の残り香を、目には見えない影を追ってもいた。『風の影』の多くの登場人物たちのように過去に強く惹きつけられてしまう私にとっては、本を読むことは思い出との向き合い方を模索していく時間でもあったのだ。未だに答えにはたどり着かないし、本の隙間から過去に想いを馳せては胸が痛む日々だ。それでも、忘却とそれに抗うための思い出への関わり方については、これから先も付き合い続けていくのだろう。

 

私は『風の影』が大好きだ。個人的な思い入れも勿論大きいが、何よりこの物語そのものを愛している。未熟なところもあるが情熱に逆らえない主人公ダニエルはなんだかんだで愛おしいし、愛すべきフェルミンの人生論や気持ちの良いシニカルな弁舌が大好きだ。カラックスの謎を握る女性ヌリアの余白から伝わってくる哀切や孤独、表に現れない心情を考えてはため息をつく。段々自分の手から離れていく息子をただただ案じながら見守るダニエルの父親には胸が痛む。この小説は愛する人間のために自分に何をできるのかを示してくれる。それが自己犠牲なのか狡猾さを身につけることなのか、はたまた正面からぶつかっていくのか遠くで見守ることなのかは、読者の手に委ねられている。

私は時折、この物語の登場人物たちのことを考える。何人かはあまりに強く想いすぎてまるで旧知の仲であるような気さえしてくる。

 

 

希望が見つけられず絶望から抜け出す糸口を探して苦しんでいたあの頃、私がどうにか自分を保っていられたのは『風の影』が傍にいてくれたからだった。これから先も私がこの小説を開くたび、ページを繰るたびにその隙間にはサフォンの魂が生き続けていると信じてやまない。私にとっての貴方は紛れもなく、ダニエルにとってのフリアン・カラックスのような作家だった。

おまえが見ている本の一冊一冊、一巻一巻に魂が宿っている。本を書いた人間の魂と、その本を読んで、その本と人生をともにしたり、それを夢みた人たちの魂だ。一冊の本が人の手から手にわたるたびに、そして誰かがページに目を走らせるたびに、その本の精神は育まれて、強くなっていくんだよ